祭りのあと

9話のイカ祭り後

 普段の流れで渚と怜、それに帰りがけ鉢合わせた江と花村を駅まで送ろうとした遙と真琴を、渚がやんわりと断った。そんなことしてたら遅くなっちゃうよと笑って真琴の右手を見る。小さなビニール袋の中、四匹の金魚が狭そうに泳いでいた。
「早く金魚鉢に移してあげないと」
「そうだね」
 それでも後ろ姿が闇に消えるまで見送っていたのは、名残惜しさの表れに違いなかった。からんと乾いた下駄の音がいくつも重なって徐々に遠ざかる、それは祭りの足音。
 運動靴よりもずっと賑やかなそれが聞こえなくなってしまうと、辺りは急に静まり返った。ついさっきまでは耳に入ってこなかった、街灯を走る電気の音や、祭りの片づけをする遠い喧騒が、静寂の向こう側でざわざわと揺らめいている。
「帰ろっか」
「ああ」
 並んで歩く遙の横顔はいつもより赤らんで見えた。祭りの灯りはここにはないから、照明の色ではない。夏の暑さのせいだけでなく、頬に炎が灯っているようだった。
 珍しい姿を見たと、ほんの数十分前の出来事を思う。感じたことや願望を言葉にして表すことは、幼馴染にとってどちらかといえば不得手な分野だったし、ずっと近くにいた真琴でも、そんな姿を見るのは皆無とまではいかなくても希少であることは確かだった。だからといって困ったことなどなかったし、真琴は遙のことを知っていて、遙は真琴のことを知っている、それだけで他に必要なことはなにもない。
 だからさっきも、真琴はただ自分の想いを伝えたかっただけで、そこから遙の内心を引きずり出すつもりなどなかった。遙があんなふうに吐露したのは紛れもなく遙の意志で、それを聴くことができたのを嬉しく思う。
「なんだよ」
 遙が胡乱げな視線を向けてきて、真琴は自分が笑っていたことに気づいた。
「なんでもないよ」
 答えには納得していない様子で、けれど遙はそれ以上は言及しなかった。
 遙が持っているものを、真琴の代弁ではなく、遙の言葉で聴くのは心地が好かったが、今すぐに全部が全部そうならなくてもいい。第一、急にそんなことになったら真琴の心臓が保ちそうにない。
「ハル」
「何」
 手に持った袋の中で、申し訳程度の水が歩くたびちゃぷちゃぷと揺れた。金魚鉢に移したら伸びやかに泳いでくれるだろうか。例えば鮮やかに着水する彼のように。
「帰ったら、うちにある金魚鉢に金魚移してくるから、そうしたら、ハルんち行ってもいい?」
 遙は真琴の顔をまじまじと見た後、遙が取った金魚を見、また真琴を見て視線を逸らした。言葉にしなくても、水の色の瞳が十分すぎるほど雄弁に語る。
「好きにしろ」
 ふいと横を向く頬は、やっぱり赤みがさして見えた。

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