21回目の6月30日

七瀬遙誕生日おめでとう

 誕生日おめでとう、と言って真琴が差し出したのは日本酒の一升瓶だった。どん、と無造作に置かれた瓶を見て、おまえまだ酒飲めないし買えないだろうという言葉はなんとなく飲み込む。岩鳶にいると当たり前のように飲まされたから、俺も真琴も酒の味はとっくに知っていた。
「なんで酒」
「だって二十歳だろ?」
 真琴は自分の誕生日でもないのに楽しそうだ。見覚えのあるラベルで、不味いと思った記憶もない。一人でこれを飲みきるのかと思うと不安を覚えないでもなかったが、日本酒に賞味期限はないし、なんなら料理に転用してみてもいい。
 じっと酒瓶を見ていると、真琴がこれも誕生日だからと買ってきたのか、お猪口をずいと押しつけてきた。真琴の大きな手に収まるとままごとに使うおもちゃのようだ。
「飲んでみて」
 渡されたお猪口を持ったまま、真琴が一升瓶の封を開けるのを見る。重い瓶を軽々と支えて傾け、そっと酒を注いだ。透明な液体が器のなかで揺れる。僅かの量でも香りは広がって、鼻の奥につんと届いた。
「いただきます」
 真琴はあいかわらずにこにこと笑って俺を見ている。つるりとした器に唇を寄せて一口含むと、香りが口の中にも広がった。滑らかな酒の甘みが一気に舌を覆って、そのまま喉を通りすぎる。
「どう?」
 不味くはない。特別美味いとも感じない。地元の酒よりはすこし甘みが強いなと思った。魚向きではなさそうだ。
「……普通」
「二十歳で、お酒飲んで、どう?」
 真琴だって飲んだことのある日本酒の瓶を、なにかとても手の届かないものを見るような目で見ながらそう言った。飲みたいなら飲めばいい、一杯くらいなら平気なのももう知っていることだ。
「変わらない」
 瓶を持ち上げると真琴の視線はつられて上がり、それから俺を見た。二杯目の酌をしようと身を乗り出したのを目で止めて、手酌をする。
「なにも変わらない」
 とぷとぷと酒を注ぐ音が聞こえる。真琴はそっか、といつものように笑った。

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