これを言う遙が見たくて
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先に焦れたのは遙のほうだった。真っ赤な顔で恋人になってと告げてきたくせにその恋人は一向になにもしようとせず、ただ今までのように家を行き来したり、遙の手料理を満足そうに頬張ったりしている。ただの幼馴染であった頃となにも変わらない。
岩鳶の崖から飛び降りるような顔をして告白してきたからには、理由や目的があるはずなのだ。もともと近すぎると周囲に揶揄されるほどの距離にあって、その距離をなお縮めたいと思うようなものが。
いわゆる──つまり真琴が想像するような──恋人同士がどんなことをするかくらい遙だって知っている。舐めてもらっては困る。
遙はけして気の長いほうではない。それは、一ヶ月前にできたばかりの恋人と比べるまでもないことだった。
「キスでもするか」
湯呑みを持つ真琴の横顔にそう言ってやると、彼は含みかけた煎茶で思い切り噎せた。顔を歪ませてなにか言いたそうにしているが、咳き込んでいるせいでろくな言葉は出てこない。
「は、ハル、なに……っ」
「嫌ならいい」
そんなはずはないとわかっていて言った。これはささやかな意趣返しだ。選択権を投げたまま、真琴の湯呑みに煎茶を注ぎ足す。
「嫌じゃない!」
ようやく喉の落ち着いた真琴が身を乗り出しながら叫んだ。一ヶ月前と同じように耳まで真っ赤になって、縋りつく子供みたいな目で遙を見ている。
膝で畳を擦って少し近づくと、真琴はその間を埋めるように顔を近づけてきた。ロマンチックからはまるでかけ離れた雰囲気でも、真琴らしいと思うし、好きだと思う。
そっと唇を触れ合わせ、真琴が遙の様子を伺ってくる。正解かどうかを気にしているのだ。
こんなふうに覗き込むようにして瞳を見るのもずいぶんと久しぶりだなどと考えている時点で、遙にもロマンチックのかけらもないのだが。
「……真琴」
キスしたまま、唇だけを動かして言った。乾いた皮膚が擦れ合う。
答え合わせをしてやろう。
「舌、出して」
え!? と雰囲気もなにもない素っ頓狂な声をあげた真琴の唇に、遙は滑り込ませるようにして舌を差し入れた。反射で噛まれかねないと一瞬身構えたが、真琴は固くなるばかりで傷つけられはしなかった。
人の口の中は熱いのだとこの時ふたりは初めて知った。
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