そのくちびるでうつくしいことばをつむぐ

朝の戯れ

「――はよ、」

 桔梗が朝食を終えた頃になって、葵がダイニングに現れた。
 やけに眼つきが凶悪なのは、眼鏡をかけていないせいか、ただの寝起きの悪さなのか。どちらにしろ桔梗にとっては見慣れた表情で、特に気にせずコーヒーカップをソーサに戻した。

「いけませんよ葵さん、理事長が寝坊だなんて」
「ともゑに云うみたいに云うなよ」
「似た者同士なんですよ、あなたたちは」
「似てねえよ、全然。ともゑは――」
「え?」
「いや、何でも」

 すこし乱暴に椅子を引いて、葵が桔梗の正面に座った。はあ、と溜息をついて目許を擦りながら、桔梗の顔を見ないままで云う。

「桔梗ちゃん、コーヒー」
「わたしはもう学校へ行きたいのですが」
「いいじゃねえか、それくらい。どうせオレの分も淹れてくれてあるんだろ?」
「――仕様のない人ですね」

 コーヒーメーカを操作する桔梗をちらりと見やる。もう一杯くらい飲んでから行けば? と軽く云うと、あなたのように暇じゃないんですと両断された。
 ライターを弾こうとした瞬間、背中を向けたままの桔梗が葵さん、と咎めるような声を出した。はいはい。潰れたハイライトの箱とともに、ライターをテーブルの向こうに押しやる。

「コーヒーは味と香りを愉しむものなんです。余計な匂いを混ぜないでくださいますか?」
「わかってるよ。――サンキュ」

 葵の手元に、白いカップが滑るように差し出された。立ち上る香りは極上のもので、煙草を吸わなくてよかった、と密かに思う。桔梗には、云ってやらないけれど。

「では、わたしはこれで」
「ああ、ありがとな」
「ごゆっくり味わってください。ああでも――」

 桔梗がそうっと、葵に顔を近づけた。眼鏡がないのは都合が良い。自然、女を騙すような笑みが浮かぶ。

「早く来ないと、桐原先生に叱られますよ。葵理事」

 微かに音をたてて、葵のくちびるから桔梗のそれが離れた。

「行ってきます」

(かしん。美人の唇)

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