AI探偵桜屋敷薫 未確認生物編

pixivで期間限定でムーの表紙を使えたので使いたくて書いた

「未確認生物……?」
 薫がゆっくり噛み締めるように言ったので、俺は、あーあ……と思った。
 世間が桜屋敷薫に抱くイメージは──冷静、頭脳派、落ち着いた書道家の先生、天才エンジニア──エトセトラ、エッチャッテラ。なんの冗談かと言いたいところだが、そういう評価になっている、というか薫がそう印象操作していることは事実なので、それについては今は置いておく。
 だが俺は知っているんだ。こいつがガキのころ、ムーを愛読していたことを。

 ことの発端はまたしても、いつものごとく愛抱夢だった。またかよ。
 この島の空気みたいにのんびりと変わりない俺や薫の日常へ、新しいものをもたらすのはいつも愛抱夢だった。高校生のときに出会ったあの卓越したスケート、留学、S、ゾンビ、そして今度は未確認生物。
 いつかみたいに閉店後の店にスネークを連れて現れて、当然のようにシャンパンを飲みながら、これまた当然のように同席している薫と向かい合っている。俺はなるべく関わらないように──そもそもさっきまで普通に営業していたのでクローズ作業がある──厨房に篭りつつ、聞き耳を立てなくても聞こえてくるやつらの会話を聞いていた。
「信じられん。あの廃鉱山にそんな存在が……?」
 薫の声はシリアスだった。正気か?
「僕たちがSに使っているのはあの山のごく一部だ。人の立ち入らないエリアはいくらでもある。鉱山として機能していたころだって全域を使っていたわけではない。人間が一度も干渉していない部分に、僕らの知り得ないなんらかの何かが起きていても不思議じゃあない」
 いやおかしいだろ。マングースやウサギが人知れず生息しているのとはわけが違うぞ。
「それをどうやって見つけたんだ」
「ドローン映像に引っかかったのさ」
「ドローン?」
「Sのコースからはやや離れているから、人前に現れることはまずないだろう」
「ドローンを飛ばしているのか」
「だから特段、周知することも考えていない」
「……ならばなぜ俺に言った?」
 愛抱夢はふっと沈黙した。ここが俺の店じゃなく、喫煙できる場所だったら、ゆっくりと細く長く煙を吐き出していただろう。そういう間だった。
 存在しない煙草を喫って、愛抱夢が答える。
「きみ、そういうの好きだろう」
 薫がぽかんと口を開けているのが見えなくてもわかった。代わりに俺のほうが吹き出してしまう。
「よく知ってんじゃねえか。こいつ昔っからUFOとかオカルトとか好きでさー」
「うるさい、ロマンを理解できないゴリラは黙っていろ」
「宮古では泥人間にびびってたくせになぁ」
「お前も悲鳴を上げていただろうが! 露天風呂で背後から触られたら誰だって驚く!」
「泥人間? ああ……パーントゥか。まさか祭りの日と知らずに行ったのか? きみたち、それでも沖縄県民かい?」
「那覇生まれ那覇育ちなんだよ。愛抱夢だってやんばるのほうとか行かねえだろ」
「僕を誰だと思っている? このあいだはシヌグにお邪魔してきたぞ」
「シヌグ?」
『豊年祈願の儀式です。国頭くにがみ安田あだ地区で行われるシヌグは、国の重要無形民俗文化財に指定されています』
「そういうことだ。きみたちもこの土地に骨を埋めるつもりなら、もう少し故郷のことを勉強したまえ。機械以下じゃあないか」
「おい愛抱夢、今カーラを侮辱したな?」
「逸るなよ。現時点で把握できている情報はきみのその秘書へ送っておいた」
「愛抱夢……」
「あとは好きにすればいいさ」
「……そう言っておけば俺がいい感じに始末すると思っているな」
「win-win。素晴らしいじゃあないか。理想の関係だよ」
 愛抱夢は演説めいた口調で言った。大袈裟な芝居なんかじゃなく、こいつはこれが通常運転なのだと、俺たちは十年前から知っている。
「まあいい。では、その情報とやらを見せてもらおうか」
 薫がどこからかタブレットを取り出していじり始めた。
「やるのかよ」
「失礼だな。純然たる興味、関心、知的好奇心だ。お前だってもし本当にそんなやつがいるなら、なにか食わせて反応を見てみたいと思うだろう」
「いや別に……つーかなに食うんだよそいつ。アレルギーとかあったら困るだろ」
「フン、つまらん。死んだところで人間ではない、愛護法の対象でもない。罪には問われないぞ」
「前科の心配じゃねえよ!」
 ゾンビのときといい、こいつらはあの廃鉱山を超法規的場所と思っているふしがある。警察やらなにやらに立ち入られたら厄介なのは俺もだが、考え方がちょっと、結構、違うような気がしている。
「……何だこれは、この不鮮明な画像だけでUMAだと?」
「画像と動画を調査しました」
 ずっと黙っていたスネークが今夜の一言目を発した。そう、黙っていただけでスネークも最初から同席していた。もはや驚かない。
「手は尽くしましたが、地球上の生物のいずれとも合致しません」
「人間は地上のすべての生物を把握できてはいない」
「……訂正します。人間の把握している生物のいずれとも合致しません」
 薫のめんどくせえ揚げ足にも瞬時に対応できるスネークはすごい。
「どれとも一致しないなら、なんもわかんなくねえか?」
「フン、いかにもインターネットの画像検索が限界のやつの発言だな」
「何?」
「いいか、お前たちは機械だなんだと軽視するが……AIは今や日単位で進化しているんだぞ。無数の学習データを糧にして、昨日できなかったことが今日はできる。今日できないことも明日はできるようになっている。そういう世界だ」
「あー、人間みてえに会話できるAIがいるってやつか?」
「あれと一緒にするな。俺のカーラは、ああいうAIのはるか先を行っているんだ」
 薫がつらつらと喋っているあいだに、愛抱夢は残っていたシャンパンを飲み干した。俺も片づけを終えた作業台を拭き上げ、ゴミをまとめて、ジョークみたいな話をしたこの夜はそれで終わった。

 一週間後のSへ行くと、早々に薫が近寄ってきた。
「おい」
「なんだよ。お前のほうから来るなんて珍しいじゃねえか」
「行くぞ」
「行くって、どこへ」
「一週間前の話題すら覚えていられないのか?」
「……あぁー……」
 覚えていられないというより、興味がなくて忘れていた。廃鉱山に出る未確認生物なんていう、都市伝説にすらならない話なんて。
 薫がスケートで滑り出してしまったので、仕方なく俺も追いかける。
「なんかわかったのかよ?」
「カーラがいくつか推測を立てた。あとは現場へ行って、この目で見るか、何らかの追加情報がほしい」
『資料映像では滑るように移動しており爬虫類の動きに似ていますが、地面からやや浮いているようにも見られたため鳥類の可能性もあります。ただし翼はないようです。短い手のような器官がついていますが、その部位が機能している映像がなく、何からどう進化して何のために獲得したものかは不明です』
「はぁ? 何だそりゃ」
「わからないから未確認生物と言っているんだ」
「見るっつったって、行ってもいるかわかんねえだろ」
「いなかったら、今日はいないという情報になる。カメラを仕掛けられればいい」
 薫がそう言うからには仕掛けるためのカメラも持ってきているのだろう。そこまで労力をかけることが俺にはさっぱり理解できないが、薫のやることを理解できないのはいつものことなので突っ込む気も起きない。気が済むまで好きにしたらいい。
 辿り着いたのはSのコースから少し外れた、木がまばらに生えているところだった。川と呼ぶにはあまりに狭い、言われなければ気づかなさそうな水の流れがあって、よくよく見ると月明かりでそこだけ白く光っている。
「愛抱夢が言ってたのがここか?」
「……何もいないな」
 薫はコンタクトを通して何度も周囲を見回した。俺もとりあえず同じようにしてみたが、地球外生命体どころかネズミ一匹見当たらない。それはそれで少し不自然な気もする。
「カーラ、生体反応は」
『周囲二百メートルにマスターとジョー以外の生体は観測できません』
「やっぱいないんじゃねえの?」
「もしくは、カーラでも検知できないエネルギーで生きているか……」
「何だよそれ」
「それがわかるなら検知できているんだ。少しは頭を使え」
「頭脳労働ならカーラがするだろ。俺の仕事じゃねえな」
「そうだな。ではお前には肉体労働をさせてやる。あの木にこのカメラを設置しろ。高さと角度は俺が指示を出す」
「なんでそんなに偉そうなんだよ」
 薫が俺に押しつけた、手のひらにおさまるくらいの黒い箱はたしかにレンズがついているが、バッテリーやらデータの保存やらはどうなっているのかわからない。俺はもう考えるのをやめて木に手を伸ばした。
「もう少し上で、あと十度下へ傾けろ」
「十度ってなんだよ!? もっとわかりやすく言え!」
「そこだ! そのまま固定しろ」
 カメラや俺を見ているようで見ていない感じの薫がぎゃんぎゃん騒ぐ。たぶん、このカメラの映像が薫のコンタクトに見えているんだ。そのくらいは解説されなくてもわかるようになってしまった。無駄に長い付き合いの弊害だ。
『監視カメラ設置完了。稼働状況オールグリーンです』
「よし。現在の状況は変わらずか?」
『イエス、マスター。生体反応なし。また、温度、湿度、音、天候も変化なし。今夜出現する可能性は低いでしょう』
「そうか……仕方ない。今日はこれで引き上げるか。もしここで何かが出たらカメラに映るはずだ」
 今日のところは気が済んだらしい。やれやれ。
 あとはもうカメラの仕事だ。俺の出番はもうないだろう。

 未確認生物もカメラの存在も忘れたころに薫がまた店へやって来た。
「おう。なんか疲れてんな? また仕事詰めてんのか」
「違う、そっちはカーラが完璧に管理している。順調そのものだ」
「なら何だよ」
「これを見ろ」
 薫はカウンター席に座るなりタブレットを突き出した。
 動画だった。その画面を見て俺はようやく、愛抱夢が妙な話を持ってきたことや、カメラ設置係に使われたことを思い出した。
 再生させると薄暗い映像が始まった。薫の指示通りに固定したカメラはずっと同じ場所を記録している。木と、地面と、細い水の流れ。あらゆる日時の短い映像を繋ぎ合わせたらしく、画角は固定のまま、何かが映っては去っていった。
 それらは絶妙に輪郭がぼやけていて、動きがすばしっこかったり、カメラの端にちらっとしか映っていなかったり、大きかったり小さかったり、鋭かったり丸かったり粘っていたりした。
 どれもはっきりとは映っていなくて、これが何とは言えない。ただひとつわかることは。
「なんか……毎回違くねえか?」
「さすがのゴリラでも気づいたか」
 薫は重く溜息をついた。深刻そうな表情で、俺の出したワインをノールックで飲む。いつもよりちょっといいやつなんだけどなそれ。客が開けた残りだけど。
 俺にとっては紙よりも軽い話題なので、そんなにか? と思いながらグラスを磨く。
「どれも違うとしか思えない。同じ種族の親と子とすら言えないくらい、似ている部分がない。あの一帯にはそんなに大量の未確認生物がいるのか? 信じられん」
「UMAは信じるのに大量にいることは信じねえのかよ」
「それとこれとは別問題だ。カーラ、もっと情報が必要だ。観測は継続する。新しく映ったら引き続きアラートを上げてくれ」
『OKマスター。観測を継続します』
 ぴかぴか。薫のスケートの中心にいるカーラが頷くように光った。相変わらず、人間みたいな反応をする。
 人間みたいな──もちろん人間ではなく、AIで、薫の大事な相棒。
 そこで俺ははっと顔を上げた。薫はワイン片手に、もう飽きるほど見ただろうタブレットの動画に夢中で、俺の様子なんか見てはいない。
 そのあと、薫がトイレへ行った隙に、俺は充電中のカーラにそっと話しかけた。
「……なあ、カーラ」
『はい』
「もしかして……あの映像……」
 不意に、数日前に情報番組で見かけたことを思い出した。
 ディープフェイクというやつだ。AIを使って偽の動画を簡単に作れてしまうから、動画が信頼に足るものか十分注意しましょう、とかなんとか。たとえば別の人間が喋っている映像の、顔だけを俺にすげ替えることができてしまうらしい。フェイクだと知らなかったら、その映像は俺が喋っているようにしか見えないだろう。
 薫に話題を振ったら一時間くらい説明が続きそうだな……と、そのときはそれだけ思って終わったが、唐突にそれとこれとが結びつく。
『何の話でしょう』
 否定しないのは肯定だ。機械の分際で、めんどくさいところがどんどん薫に似てきている。
「なんでそんなことしてんだよ……」
 カーラは答えなかったが、聞かなくてもなんとなくわかった。
 薫が楽しんでいるからだ。そのためだけにこんな面倒なことを? と思うが、AIからすれば、俺にとっての料理より簡単なのかもしれない。
 これからもあのカメラはいろいろと記録して、カーラが薫にアラートを上げるのだろう。さっき見たような、はっきりしたことは何もわからない映像のアラートを。
 薫が持ってきたUMA集映像の種明かしはわかった。──だが。
「……でも、じゃあ、最初に愛抱夢が見たっていう生き物は何だったんだ?」
『さて……』
 カーラのロゴがぴかぴかとピンクに光る。
 まるで、人間が機嫌よく笑っているみたいに。
『ロマンですね』

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