かおこじからのジョーチェリ。ちょっと治安悪い
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優等生では、決してなかった。
学校へは行くしテストも受ける。友人関係は悪くなく、進路だって自分なりに考えている。親や教師へ暴力を振るうわけではなく、窃盗や薬に手を染めたこともない。
ただそうやって過ごす一方で、夜遅くまでスケートボードで走り回り、警察を撒き、酒や煙草を嗜むくらい。それが褒められたことではないのはわかっている。だから定期試験で学年一位の成績を修めたり、スポーツ大会で活躍したりしたところで、表彰されるような優等生にはなれないのだ。
夜に関わる人間は、昼の学校で談笑するクラスメイトとは違う。薫と虎次郎がする「褒められたことではないこと」に付き合ったり、そういう場に居合わせるようなタイプ。好戦的で品がなく、喧嘩っ早くて向こう見ず。そんな相手の言動をいちいち間に受けていたらこういう遊び自体ができなくなるところを、売られた喧嘩を片っ端から買って黙らせるのが桜屋敷薫という人間なのだった。
そんな薫が、すっと熱を引かせる瞬間がある。
「なんじょークン、また女連れかよ」
「あー違った、ヤシキだった」
「こいつだってオンナみたいなもんだろ、なあ?」
黒い夜空の下にギャハハと下卑た笑い声が響き渡る。その不快な声のしたほうを一瞥し、薫は眉間にしわを刻んだ。何度か見かけたことのあるやつだ。顔や名前こそ互いに認識していれどつるんでいるわけではない、そういう人間は数えきれないほどいる。薫と虎次郎は夜でも高校の制服を着たまま、目立つ顔立ちを隠しもしないから、向こうから一方的に知られていることも少なくない。
薫が舌打ちをしたすぐ隣で、声を荒げたのは虎次郎のほうだった。
「んだと!?」
本当は──本当ならば、こんな場面では虎次郎が怒りを覚えるころにはもう、薫が回し蹴りを食らわせているはずなのだ。きっとこの場の誰よりも薫が一番血の気が多い。
だが今の薫は虎次郎の腕をきつく掴むだけ。縋っているのではない、虎次郎が殴りかかりに行くのを止めているだけだ。
「薫、」
「ほっとけ」
不機嫌そうな低い声が、しかし虎次郎の耳元へ口を寄せた途端、にわかに色めく。
「的外れなんだ、気にする必要もない」
歌うように吹き込まれ、虎次郎の瞼の裏がかっと赤く染まる。
そう、彼らの言うような、薫が虎次郎のオンナである、なんてことはまったくの的外れだ。どれだけ想像力が豊かなのか知らないが、そんな事実はない。
「虎次郎」
「……っ」
含みのある声音で呼ばれるとどうしても意識してしまって、さっきの揶揄などもう頭の中から追いやられていった。
高校に上がってすぐのことだ。
虎次郎は入学早々に声をかけてきた上級生の女で童貞を捨て、薫はその虎次郎で童貞を捨てた。前者はともかく後者は完全なる事故であったが、一度で終わらない程度には相性がよかった。
「お前に突っ込まれたら怪我しそうだから」
虎次郎の腹に馬乗りになった薫が、そう言って長い髪をかき上げる。耳を飾るシルバーが夕陽を浴びてちらちらと光った。虎次郎がうっかり見惚れているあいだに薫はそのポジションを完全に自分のものにして、以降トップとボトムは変わらなかった。
ふたりにとってのセックスは、フィクションで見るような愛情や慈しみの帰結としてのものではなく、喧嘩やスケートの延長線上にあった。同性の幼馴染に勃つわけがないと思っていたのはあっという間に覆され、どちらが先にトリックをメイクできるか競うのと同じ気分で、相手を射精させることに躍起になる。
その関係は高校を卒業するまでなし崩しに続き、毎日のように夜遊びすることがなくなるのと同時に自然と立ち消えた。おつきあいをしましょう、なんてかわいらしい口約束をしたわけでもないから、春の次に夏が来るくらい異論のないことだった。
だから、これは、ずいぶんと久しぶりの事故だ。
「……薫」
「おい、邪魔だ。どけ」
ソファの座面から見上げた視界、顔のすぐ横に生えた腕をぱしりと叩いても、丸太のように逞しい虎次郎のそれはびくともしない。腕も顔も動かさずにただじっと薫を見下ろしている。
酒は飲んだが、酔ってはいない。この程度の酒量で酔うほど薫も虎次郎も酒に弱くはない。それにしては据わった飴色の瞳が、薫の睫毛の一本一本までなぞる熱量で視線を向けてくる。普段とは明らかに違う様子に、言いようのない居心地の悪さが薫の喉元をかすめた。
「おい」
ただでさえ機動性の低い着物の裾に虎次郎の膝が乗り上げていて、少し身をよじるくらいでは抵抗にもならない。そもそもが今ではもう、単純な肉体の力の差は歴然としていた。
「くそ、鍛えすぎのゴリラめ」
「薫」
ひどく平坦な声が薫を呼ぶ。
「お前、あのとき、こんな感じだったんだな」
虎次郎が薫を見たまま、ひとりごとのように言った。
薫は他人の機微に鈍いと幼馴染からたびたび溜息をつかれはするが、いま虎次郎の言った「あのとき」がなにを指すのかわからないほど鈍感ではなかった。
「……さすがに今のお前を抱こうとは思わないんだが」
「いい」
「あ?」
「俺が抱く」
薫は薄いレンズの下、切長の瞳をめいっぱいに見開く。まるで信じられないものを見たかのようなその反応に、虎次郎は小さく笑った。
「お前あのころさんざん俺に突っ込んでおいて、その逆は想像したことねえの?」
「……まったく」
「ふうん」
虎次郎の甘い目元が愉快げに細められる、そのしぐさがやけにスローモーションに見える。
「じゃ、今から想像しろよ」
そのとおりにするから、と。虎次郎の大きな分厚い手が薫の顎を掴む。痛くはないが、簡単に逃げられる強さでもなかった。
「……お前に突っ込まれたら怪我しそうだ」
「安心しな、どうしたらイイのかは知ってるから」
それきり、どうしてか逃げる理由も思い浮かばないまま、薫はそっと薄い瞼を閉じる。
酒と肌の気配の向こうに、虎次郎の実家の部屋の匂いを思い出した。
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