ベタなやつ。続かない
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いつもの軽口のひとつだった。
ソファに並んで軽く酒を飲んで、ただただどうでもいい話をする、そのうちのひとつ。
「だいたいお前はいつも俺をヒョロヒョロとか言うが身長はそう変わらないし筋肉だってつけてる。お前の目がどうかしてるんだスカタン」
薫はそう言ってグラスを置くと、生ハムに手を伸ばす。
だがその手は空振りに終わった。テーブルに並んだ皿やグラスが視界から消えたかと思うと背中に鈍い衝撃があって、思わず反射で目を瞑る。舌を噛まなかったのは若いころのあれこれで培った防衛本能の賜物だろうか。
薫の背中はソファの座面ににべたりとくっついて、その両腕を虎次郎の大きな手が掴んでいた。着物越しにも力が込められていることが伝わってはっきりと痛みがある。ゴリラにこんなふうにされてはあざになってしまいそうだ。
「おいっ」
舌打ちして、体を起こそうと試みる。けれど肩を上げることすらろくにできず、薫が何度力を込めて上半身を捻ろうとしても虎次郎の腕はぴくりとも動かなかった。脚は中途半端にソファに乗り上げて、そこに虎次郎がのしかかっているから、下ろすことも蹴り上げることも叶わない。
自分の体を他人に支配されているという状況を認識すると、本能が危機を訴えた。文句を言おうとして開いたはずの喉も、浅く呼吸を繰り返すだけ。
「……これでも?」
見下ろしてくる虎次郎の表情は天井の明かりのちょうど真下、逆光になっていてよく見えない。
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