ただひたすらに密やかに
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「あんたたち、本っ当に仲いいわねえ」
ノックもなく扉を開いた涼宮ハルヒが、おそらくシンメトリーに映ったであろう彼と僕の様子を見てそう云った。呆れたような、吐き捨てるような、それでいて溜息混じりの口調は感嘆に満ち満ちていて、僕などよりもよほど芝居がかっていると感心する。
「普通に遊んでるだけだろ」
彼は扇状に広げた手札を神妙に吟味しながら、そっけなく返した。涼宮さんは、ふうん、と気のないような流し方をして、カードを覗き込みながら彼の後ろを通って団長席へ向かう。それに合わせてぴったりのタイミングで、朝比奈みくるが淹れたてのほうじ茶を差し出す。ぱらり、とこれは窓際の定位置で淡々と読書に勤しむ長門有希が本のページを繰る音。
SOS団アジトこと文芸部室は、非常に穏やかな光景を見せていた。彼はともかく、これだけばらばらな背後関係を持つ立場の人間(と、対有機生命体用ヒューマノイドインターフェース)が集まっているのに、いさかいひとつ起きないというのは奇跡に等しい。
そして奇跡が積み重なった結果が、先程の涼宮さんの発言だ。
「仲がいい――ように見えるのでしょうか、僕らは」
「ハルヒにはそう見えたんだろ」
ほら、と彼はダイヤの七を場に放った。大きい数字のカードはあまり出したくないのに意地の悪いひとだ。渋々ながらクローバーの九を出す。
「というか、こんなに毎日毎日部室でだらだらゲームやってて、これで実は仲が悪いです、とかだったら問題だろ」
「――そう、ですね」
彼の言葉はおそらく、過不足ない本心だ。ちらりとカードから目線を上げると、同じようにこちらを見ていた彼と目が合った。
それともお前は、本当は仲が悪いつもりなのか。
僅かに苛立ったような彼の表情がそう訴えていた。まさか、そんなことがあるわけないでしょう。いつも通りの無害な笑顔を浮かべて返すと、彼は涼宮さんへは聞こえないくらいの、小さな溜息をついた。
「まあ、まさかあいつも、小学生みたいな仲良しこよしを想定してはいないだろ」
呟いてから彼は、革命、と四枚のカードを場に出した。
僕は絵柄のカードばかりの手札を見やる。彼はいつでもこうやって、僕の精一杯の努力を容易くひっくり返してしまうのだった。
半ば途方に暮れながら、富豪になることを諦めた脳は早々に別のことを考え始める。
「今日……寄って、行かれますか」
それは誘ったというよりは、確認に近かった。
がたんと乱暴に音をたてた、それは僕が閉めたばかりのドアに背を預けたからだ。彼の身体を正面から抱きかかえているので、ドアが受け止めた体重は男子二人分。投げ出した鞄が爪先に当たった。
「おい、古泉……っ」
腕の中で彼が、申し訳程度に身を捩りながら訝しげにこちらを見上げる。玄関の照明を点けていないので周囲は薄暗いが、そのせいで彼の眸がまっすぐに僕を見ているのが際立っていた。上目遣いの黒い眸は偽証を赦さない。
だから余計なことまで、告解してしまいたくなるのだと。
「こんな、ことをしていても……仲が良いと、そんな無邪気な表現で、云えるのでしょうか」
彼の両手を背中のほうへ回して戒めたまま、くちびるで触れる。
頬に、
「わからないんです、僕には」
顎に、
「友情も、愛情も」
首筋に、
「からだも、こころも」
鎖骨に、
「でも、考えているんです。――いつも」
眸に、
「このことを、涼宮さんが知ったら……世界はどうなってしまうのか、と」
くちびるに。
ん、と鼻に抜けるような声というか音を発して、彼が顔を顰めた。あの黒い眸に射抜かれてしまうのが怖くて、また首筋に顔を埋める。
失言だった。どれだけそれを考えていても、その当事者が自分と彼しかいなくても、決して口にしてはいけないことが、あまりにもさらりと、滑り落ちるように声になってしまっていた。ひとりで考えるだけで済ませるべきの、当事者が自分と彼しかいないなら自分ひとりで抱えていればいいものが、こんなにもあっけなく、伝わってしまった。
――彼がこんなにも、僕を甘やかすから。
理不尽な責任転嫁をしながら、抱き返して欲しいと更に欲は増して、それから自分が彼の両手を拘束しているためにそれが叶わないのだと思い至る。けれど離してしまうことの方がおそろしくて、そのまま動けなかった。
「……お前は、」
ぽつりと、小さいけれど他のなによりも確かな声が、鼓膜を叩いた。なぜか信じられないような気持ちになりながら顔を上げると、あの黒い眸が僕の姿を映していた。
「ハルヒのことはいい、お前は、俺とどうしたいんだ」
神のことを脇に置いて僕なんかを取り上げる人なんて、あなたくらいですよ。
そのことに、喜びや嬉しさを見出せる余裕もなかった。
「……わかりません」
このちっぽけな声も、彼の眸に吸い込まれていくような気がした。
「わからないんです……」
ごめんなさい。目を閉じて呟くと、謝るな、とすぐ近くでまた彼の声がして、そのことにひどく安堵した。
(実は仲いい11のお題07 仲良しこよしって?)
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