驚かせたい、喜ばせたい
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帰りのHRが終わってごく自然に教室を出ようとした俺とハルヒを待っていたのは、一年九組の優等生様だった。大抵遅れて文芸部室に現れる奴が珍しい。と思っていると、
「すみません、部室へ行く前に……少々、よろしいですか」
爽やかな微笑に少しだけ神妙さを織り込んだ古泉が声をかけたのは、ハルヒではなく俺にだった。ハルヒは大きな瞳を瞬かせ、俺と古泉の顔を見比べてからやたら尊大な表情で古泉に向き直る。
「部室じゃだめなの?」
「ええ、申し訳ないのですが……彼と二人きりで話したいのです。いけませんか?」
おい、なぜその許可をハルヒに求めるんだ。
ハルヒはうーんと唸ったが、
「そこまで云うなら仕方ないわね。話が終わったらちゃんとこっちに来なさいよ!」
「勿論です、ありがとうございます。では」
行きましょうかと笑んで、古泉は俺の反応も見ずに旧校舎とは逆へ歩き出した。振り返るとハルヒはもう部室へ向かって小走りになっている。俺は古泉の数歩後ろについて行った。
古泉は無言のまま、まだ生徒の多く残る廊下をぬうように進んで行く。
「おい、話ってなんだ。どこまで連れて行く気だ?」
「そうですね、屋上などいかがですか? 秘密ごとの定番ですし」
変な言い回しをするな。大体ここは二階だ。
「屋上って、遠いじゃないか。部室行くの遅くなるぞ」
「できれば遠くへ行きたいんです。云ったでしょう? 秘密だと」
ここまでついてきた手前、取って返すわけにも行かず、反発するのも無意味に思えて俺は古泉に従った。
歩を進めるにつれ人がまばらになる。
「すみません、こんなところにまでご足労いただいて」
全くだ。
「ですがとても大事なことなんです。ご理解ください。実はですね――、と」
古泉が本題に入りながら屋上へつづく扉のドアノブに手をかけた瞬間、電子音が鳴り響いた。それは俺の鞄から聞こえている。
「どうぞ。出てください」
古泉も話を中断するようだったので、俺は遠慮なく携帯電話を取り出して通話ボタンを押した。画面に表示された発信者の声に聴覚をやられないよう、耳からは少し離して。
『ちょっと! いつまでほっつき歩いてるのよ! もう戻ってきなさい!』
「おいハルヒ、話はまだ終わってない、というかこれからなんだ。邪魔するな」
『なによ、話ならこっちですればいいじゃない。それともSOS団の団員にも聞かせられないような内容なの?』
「それは古泉に云ってくれ」
『じゃあ古泉くんも一緒に連れてきて。一分で来ないと罰金だからね!』
一方的に叫んで、切れた。
ハルヒの莫迦みたいな大声は当然古泉にも聞こえていて、携帯電話を折りたたんだところで古泉は肩をすくめた。
「時間のようですね。行きますか」
なんだ? 話とやらはどうするんだ?
「それは……ええ、もう結構です。ありがとうございました」
こんなところまで引っ張ってきて、どういうつもりだ。
納得するまで問い詰めたかったがハルヒのことがある、今はきっと睨むに留めて、今度は俺が先に立って歩いた。
そのまま俺と古泉の間隔は変わらず、つまり部室の前に着いたのも俺が先で、だから俺が扉を開けたのも道理というものだ。いつものようにノックでの確認を忘れずに。よし、大丈夫。ノブを捻る。
瞬間。
ぱん!
乾いた音が鼓膜を打った。反射で目も瞑る。まだ一瞬前の破裂音の余韻が残っている聴覚に次に届いたのは、我らが団長様のよく通る声だった。
「ハッピバースデイ、キョン!」
部屋の奥にある団長席から出張なさったハルヒが目の前で子供のように笑っていた。手にはクラッカー。斜め後ろに控える俺の癒し担当・メイド朝比奈さんの手にも同じ物が。その反対側では何がそんなに気になるのか、長門が火薬のにおいを放つクラッカーを覗きこんでいる。
その向こう、長テーブルの上にはまるでホームパーティのようなメニューと紙皿紙コップが並んでいた。窓にはささやかな飾りつけ。こんなもの、昨日はなかった。
眼前にあるものをひととおり確認してから、ゆっくりと振り返る。俺より高い位置にあるお綺麗な顔はひどく満足そうにこちらを見ていて憎らしかったが、同時にとても嬉しそうに見えたので、反撃は胸を小突くだけにしておいてやった。
(実は仲いい11のお題02 してやられた)
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