「射手座の日」パロ
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「戦力的には五分五分です。過小でも過大でもありません。つまり」
古泉は青白く光る台の上から駒をひとつ取り上げ、
「我々の判断で勝敗が決まるのですよ、作戦参謀」
ぱちり、と小気味よい音をたてて別の位置に置いた。対面からそれを見ていた俺は、古泉の置いた駒と全体を考慮してしばし黙る。古泉は台面の光に下から照らされて、意味ありげな表情のまま俺を見ている。鬱陶しい視線は気にしないことにして、俺は別の駒を動かした。青い光に五角形の影が浮かぶ。
「――これはこれは」
古泉は楽しそうに云った。盤上の情勢にようやく気づいたらしい。呑気なことだ、これで幕僚総長の任に就いているというのだから、バーチャルとリアルは異なるのだとつくづく思い知らされる。
「王手、だ」
「お見それしました」
恐ろしいほどにいつもの笑顔だった。上官にも、部下にも、俺にも見せるいつもの笑顔。今更頓着することでもないので特に触れない。
「そんなことより」
近くにあった駒をひとつ取り上げて、古泉へ弾いた。古泉は例の笑顔のまま、目と腕だけを動かしてそれを二本の指で捕らえる。
「こんなところで遊んでいていいのか? お前これから会議なんだろう」
「ええ、まあ。今日の決定で生死が決まると云ってもいいでしょうね」
「――そうかい」
聞こえるか聞こえないかの溜息をひとつ。こんな飄々とした態度をとる裏で、敵味方のデータを揃えてあらゆる局面を想定した戦略を用意してあるんだろう。そうでなければこんな風に遊んでなどいないし、それ以前に幕僚総長などにはなれない。その脳をボードゲームにも発揮すればいいものを。
「まあ、将棋なんてどうでもいいけどな」
ビーッと不吉な電子音をたてて古泉の艦内連絡用端末が鳴った。会議前でも呼び出しか、容赦ないな。
「お前のやることに全員の命がかかってるんだ、誤ってくれるなよ」
それは俺もだ。これから古泉が出席する会議の決定を受けて、今度は俺がまた行動を起こすことになる。少しの責任を負わない者など、艦の中にはひとりもいない。
古泉は立ち上がり、笑みを深めた。その表情の意味するところなど察するまでもなく。
「もちろんです」
端末を操作しつつ古泉は、プシュ、と静かにスライドしたドアから、振り返ることなく出て行った。
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