最善の提案

ヒジ←ソウ

「土方さんなんか」
 灯りを揺らさないほどの密やかさでそう零した沖田の声は隠す気もなく拗ねていた。土方は眉を顰めて続く言葉を待つ。

 その日は最悪な一日だった、少なくとも沖田にとってはそうだった。
 午後の市中見回りの途中で非常識な煌に絡まれたのだ。沖田にとっては日常茶飯事だったが、今日出くわしたその女が潤んだ瞳に映したのは隣にいた土方のほうだった。もちろん彼とて沖田と双璧を成す最高愛獲であるからそう珍しいことではない。ただ沖田のそれに比べたら土方の煌はこういった接触をしないほうだし(単に市中での煌サービスの仕方が沖田と土方で異なるということもある)、そのような場面に居合わせるのはつまらないの一言に尽きた。笑顔で適当にあしらえばそれでいいのに、と内心で毒気づく沖田をよそに、土方は不器用ながらも丁寧に言葉を重ねてその女から距離をとった。
 彼女は振られたくせにひどく満ち足りた顔をしていて、それが余計に沖田を苛立たせた。
「すまん、待たせた」
「いいですけど。……土方さんは優しすぎるんですよ」
「? 何がだ」
「そういうところがです」
 取るに足らない些細なことだとはわかっていた。ただただ面白くないだけだ。
 そのあとの帰り道は夕立に降られて散々だった。夕食にはにんにくが使われていたし、雑事を片づけて遅くに入った風呂はすっかり温くなっていた。一日のあいだに面白くないことを貯め込んでいて、だからうっかりなにかを溢れさせてしまっても仕方のない状態だった。

「土方さんなんか僕にしておけばいいんですよ」
 常よりもいくらか低い声が部屋に響く。真面目で優しい沖田の兄は、言われた言葉の意味を咀嚼するかのように黙ったまま、群青の瞳を向けている。
 あーあ、とどこか遠くから見下ろすような自分の呆れた声が聞こえた気がした。どうするのそんなこと言って。意地悪く非難するようなそれをぴしゃりと遮る。
 うるさい、何もする気がないなら黙ってろ。
「……ねえ、」
 畳を擦って膝を近づける。壁に映った影が大きく揺らめくのが横目に見えた。

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