手紙
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愛する家族達へ
別に何があったわけでもないのに手紙を書くってのは、変な気分だ。でもなぜだろうな、今、お前らに手紙を書いておけって、俺の第六感が囁くんだ。ちょうどうるさい筆頭幹部殿も外出中なので、まだ書類のチェックが山ほど残っているのは見なかったことにして、こうやって手紙を書いている。
封筒と便箋は平和すぎて暇そうな兵隊に買ってきてもらった。普通のやつを、と頼んだら、本当に色気のかけらもない真っ白な便箋を渡された。色も飾りもないから、俺がそのままここに映っているみたいでちょっと気恥ずかしい。失敗したぜ。
俺がカポになってずいぶん経つが、やっとカポの仕事がわかってきたよ。
今更だと思うか? 俺だって俺なりに最初っからけっこう考えてたんだ。けど俺は人よりちょっとラッキーなだけのただの男で、力が強いわけでも、頭がいいわけでもない。見た目だって十人並みだし、経歴なんて中流出身の孤児院育ちだ。
だから俺がカポの椅子に座って仕事をすることも、カポとしていろんな奴と顔つなぎをすることも、そんなに大きな意味を持つとは思えなかった。俺がアレッサンドロのガキだってことを知ってもその気持ちは変わらなかった。アレッサンドロの親父がすげえのは認めるけど、それは親父がすごいのであって、俺はただその血を継いだだけだ。血に意味がないなんてことは思わないけど、俺は血以上のつながりを知ってる。これでも十六の時からファミーリアの一員だったんだからな。
まあ、俺もそんなふうに実はあれこれ悩んでみたりもしたんだが(もしかしたらお前らも気づいていたのかもしれない、その場合そっとしておいてくれたのはすげえ優しさだ。グラーツィエ)、カポの仕事は待っててくれないから必死に働いたわけだ。構成員としてムショでスローライフを送るのが仕事だった身にはきつかった。
俺より先に幹部になっていたお前らは当然のようにもう自分の仕事をわかっていたから、俺だけが右も左もわからず滑稽に目を回しているように見えているんじゃないかって考えて、口惜しくなったりもした。俺が少しでも困った顔をすればすぐにお前らが助けてくれたけど、それすらも、余裕がないのは俺だけなんだと思い知らされるようで本当は苦痛だった。
けど手を借りないわけにはいかないから、結局は頼りっきりだったんだけどな。
でも、そうだな、俺が一人で気負わなくてもいいんだって、俺はふんぞりかえって敵にも味方にもふふんと笑ってみせていればいいんだって、最近になってやっとそう思えるようになった。それは、お前らのおかげだ。
だって、金のことはベルナルドに任せればいいし、ジュリオを護衛に連れていれば敵襲に怯えることもない。移民たちのことはルキーノがちゃんと管理してくれるし、兵隊の数が欲しかったらイヴァンがすぐに呼び集めてくれる。
これは役割分担だ。それぞれが自分の仕事をする。それは必要なことだけど、ばらばらじゃ組織として駄目になっちまう。右足と左足が別の方向へ歩こうとするようなものだからな。そうならないように、きっと俺がここにいるんだろう。カポってのは目印みたいなものだ。俺のところには全員が集まるし、情報も揃う。なによりも、ファミーリアが『ここ』にあるのだと、幹部や構成員たちが実感を持てることが大事なんだ。だから俺は堂々と『ここ』にいればいい。そうすれば、あとの細々と面倒なことは俺なんかより百倍優秀なお前らがやってくれる。
ほら、お前らがついていてくれるなら、怖いものなんてなにもない。
だから今、俺はGDの奴らの襲撃よりも自分が死んでしまうことよりもなによりも、お前らがいなくなってしまうことが一番怖いよ。
オメルタのもとファミーリアにいる限り、誰も裏切らないって信じてる。例え揺らいでしまうことがあっても、俺たちが今まで積み上げてきたもののことを想って、きっとここへ戻ってきてくれるだろうって信じてる。
でも人生なにが起こるかわからない。俺たちはマフィアだから尚更だ。朝起きたらベッドの上に幹部の頭が転がされている可能性だって、考えるだけで胸糞わりいけど、ジュリオと兵隊たちがいる限り万が一にもそんなことはないって思ってるけど、でも否定できない。
そうやって悪い可能性のことを考える度に、俺は半身をもぎ取られたような気分になる。残り半分の身体でなんて、とてもじゃないが生きていける気がしない。
だからお前らがいなくならないために、俺がカポとしてできることがあるなら、なんだってやるよ。今にもくたばりそうないけ好かないジジイ共との会食も、市の連中との畏まりまくった会議も、今はちょっと放置してる書類仕事もやり通してやる。ちゃんとやるから、だから少しくらい愚痴を零しても笑って赦してくれよな。
ファックもシットもバッファンクーロも、ちょっとしたガス抜きみたいなものだからさ。兵隊たちにはあんまり格好悪いところを見せたくないし、お前らは適当に聞き流してくれればそれでいいから。莫迦だなって笑い飛ばしてくれれば、俺は莫迦なことを云い合える相手がいることを勝手に喜んで、それでその話はおしまいだ。ちゃんとタイをきっちり締めて夕食会に出かけるさ。窮屈だけど、美味い食事に罪はないし、せいぜいじっくり味わってくるだけだ。それもカポの特権だしな。
読ませるつもりのない手紙だと思うと好き勝手に書けるものだな。いつか誰かが読む日がくるのかな。このデスクにしまっておくつもりだから、気が変わってお前らに読ませてやらない限り、俺がカポでいるうちは誰にも読まれないし、手紙の存在すら知らないのだと思うとわくわくする。一人でこっそり、タイムマシンを作ってる気分だ。これから何年、何十年経ってからこの手紙を誰かが読む時、今の俺がそこにいる。すげえな、手紙を書いてるだけなのに。
なあ、今これを読んでいるあんたには、今の俺が見える?
その俺が、莫迦みたいに笑っているといいな。せめて格好悪い姿じゃないことを願う。俺だって、格好いいって思われたいとか、月並みなことを考えたりするんだぜ。
ペンでこんなに長い文章を書くのは久しぶりだ。いつもはせいぜいサインをするか、短い宣誓文を書くだけだからな。羽根ペンは相変わらず苦手だけど、最初に比べたらずいぶん巧くなったと思わないか? そうだ、この手紙の最後にも羽根ペンでサインしておこう。組織の書類じゃないんだから雑でも怒るなよ。きれいな字を見たいならイヴァンの字でも見とけ。文句を云うな、あれだけピッカピカなルキーノでも字はあんまりきれいじゃないってこと、俺は知ってるんだぜ。
実は、封蝋を捺したことがない。この手紙は書き終わったら読み返さずにたたんで封筒に入れて封をするつもりだけど、そのあとで捺す封蝋が不格好でも、笑わないでいてくれるとありがたい。
俺は、お前らのことを考えながら、トスカニーニの紋章を捺す。最高の気分だ。グラーツィエ、俺の家族でいてくれて。愛してる。
お前らが作って、そして守ってくれている執務室
デイバンの海を見ながら
Giancarlo Bourbon del Monte
執務室で遺品の整理をしていたベルナルドがデスクの引き出し奥から見つけたその手紙は、幹部全員がジャンカルロの筆跡をなぞるように読んだのち、暖炉にくべられた。
少しいびつな封蝋は、ぱちぱちと爆ぜる炎の中ゆっくりと溶け、やがて見えなくなった。
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