すっかりできあがっているふたり

 朝の光はレースを通り、ゆるく淡く室内へ降り注いでいた。
 ルキーノがその部屋へ入ることを止める者はいない。入口に控えた兵隊がノブを捻ろうとするのを手で制し、自分でドアを開けた。重厚なドアが絨毯の表面を撫でる。
 部屋の主は定位置である玉座でいつも通りに仕事をしていた。左手で持った受話器を右の耳に当てたまま、闖入者を一瞥してすぐに視線を落とす。短く相槌を打ってペンを走らせ、メモを兵隊へ渡していた。
 鳴った電話、ランプが着信を告げた電話、新聞、帳簿、メモ、デスクの引き出しから取り出した資料、預けられた書類。ベルナルドはその椅子から動かぬまま、視線を忙しなく巡らせて次々に物事を動かす。時折はなにもない斜め下を睨み、一度目を閉じる。再び開いたその眸には迷いはなく、返事を待っていた兵隊に命令を出し、Siとだけ答えた相手の背中を見送ってから次の職務に取りかかる。
 ルキーノは、ベルナルドが自分の入室を確認したことを確かめてから、彼の玉座からは離れた応接セットへ腰を下ろした。すっとコーヒーを差し出され、よく躾けられた兵隊にグラーツィエと礼を云う。彼が目礼して仕事に戻るのを横目に見ながら煙草に火を点けた。コーヒーと煙草の匂いが混じる。
 大きく息を吐き、ポケットから紙の束を取り出してガラスのローテーブルへ置いた。一週間分の領収書を、処理が急ぎのものとそうでないものに分け、更に用途別、時系列順に並べる。大量の領収書をただ渡すだけではもれなく小言が返ってくるので、組織の金庫番をしている筆頭幹部の反論を封じるために細工が必要なのだった。
 しばらくその作業に没頭していたところ、不意に手元に影が落ちてルキーノは顔を上げる。いつの間に席を立ったのか、ベルナルドが向かいのソファに腰掛けるところだった。ゆっくりと煙草に火をつけ深く息を吐き出す。ルキーノが咥えているそれとは違う匂いが鼻をついた。
 彼は自分の玉座では煙草を吸わない。吸う暇がないし、灰が電話に飛ぶことを嫌っていた。
 ベルナルドがちらりとルキーノの手元の紙を睨んだことには気づかなかったふりで、ルキーノは作業を続ける。
 ベルナルドの休憩は長くは続かなかった。明らかに音色の異なる電話が鳴って、舌打ちと共に煙草を灰皿に押しつける。部下には取ることのできないその呼び出しに応じながら元の椅子に深く座る。
 その通話が終わるのと、ルキーノの領収書整理が終わるのは同時だった。
「お疲れのところ悪いが、厄介な電話のついでにこれも引き受けてもらいたいんだが」
 デスクを挟んで向き合ったルキーノが、にいと笑顔を作ってきっちり揃えた領収書を差し出す。ベルナルドはその顔と領収書へ視線を往復させてから、デスクに積まれた本を見た。
 無言の指示を正しく受け取り、ルキーノは本の上に領収書の束を置く。
「上にまとめてある印つきのやつは急ぎだが、それ以外はいつでも構わん」
「それで譲歩したつもりなら、随分とおめでたい頭だな」
「話のわかる上司で助かる」
 ひらひらと手を振りながらルキーノが退室する。ベルナルドは兵隊にコーヒーを持ってこさせ、一口啜ってからソーサごと領収書の上に置いた。

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