いわゆるひとつのオフィスラブ
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「御堂さん」
書類へ社長のサインを求めに来た御堂が用件だけ済ませて去ろうとするのを、佐伯が引き止めた。
振り向くと佐伯は軽く握った右手を差し出している。
「これ」
反射的に受け取ったそれはさほどの重さもなく、御堂の掌に収まった。明るいオフィスの照明を受けて、銀色の縁がきらりと光る。
「タイピン?」
「ゆっくり選ぶ暇もなくて、目に付いたものだけどな」
呟いた佐伯の声には不満の色が滲んでいた。だがそうは云っても刻まれた細工は控えめながらも美しく、上品な印象を与える。ネクタイピンの使用者など最近ではあまり見かけず、御堂も夏以外はベストを着用しているため所持していなかったが、佐伯から渡されたそれには少なからぬ興味を惹かれた。
言葉は婉曲しているが、これが御堂への贈り物であることは間違いない。いつもながらに突飛な行動に、御堂は表情を訝しめる。
「今日は何かの記念日だったか?」
「ただの真夏日だ」
パソコンの画面と左手の書類を見比べながら佐伯は即答した。
「なら何故、」
「――あんたの、」
ぱち、と大きくキーを叩いて――恐らくエンターキーだろう――佐伯は視線を上向けた。眼鏡の奥、鋭い眸が御堂を見据える。眸を、頬を、唇を、首筋を。
舐めるように自分をなぞる視線に耐えきれず、御堂が口を開きかけたところで、佐伯が言葉を繋けた。
「そのネクタイが、あんたが動く度に揺れるのが落ち着かない。掴んで引き寄せたくなる。解いてその手首を縛り上げてやりたくなる。視界を塞いでやりたくなる」
淡々と続ける佐伯に反して、御堂はようやく真意を察して言葉に詰まる。今ここで、そんな話になるとは思っていなかった。
「そうなったら、困るのはそっちだろう?」
にやりと目元を細め、口元を上げる。わかっていてこのタイミングで渡してきたのだと、御堂は今更ながらに悟った。仕事中でなくても、家で渡しても構わないのに。
こういう唐突な言動に御堂が弱いと知っていて、今、渡したのだ。
「君は……っ」
「ああ、ほら、また」
思わず身を乗り出した御堂のタイをするりと掴む。軽く引いただけで、御堂はバランスを崩してデスクに手をついた。握ったままだったネクタイピンが、かち、と小さく音をたてる。
「――こうされたいなら、それは捨ててもらって構わないが?」
至近距離で視線を合わせて囁く、これも勿論、わざと。
ぱし、と御堂らしからぬ乱暴な手つきで佐伯の手を振り払い、御堂はデスクに転がされたネクタイピンをその胸元に差し込んだ。
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