生徒会長と一般生徒
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「『しかし君、恋は罪悪ですよ。』」
その一文から眼を逸らさず無感情に読み上げると、向かい側に座っていた跡部が訝しげにこちらを向いた。
「―――テメエ、今更そんなもん読んでんのか」
「ええやん。俺これ好きなんよ」
跡部は手にしていた紙の束へ眼を落とした。
「胡散臭えな」
「どこがや。先生は凄い人やで?」
「違う」
いかにも面倒だといった風に、紙を捲る。何が書かれているのか俺からは全く見えないし、見ようとも思わないがどうやら思わしくない内容らしく、器用に眉を顰めた。
「お前がだ」
そう、また紙を捲った。
「―――酷いやんなあ」
「そうか?」
軽い会話。
「て、云うか、跡部俺の趣味とか知っとる?」
「は?」
「だからー、俺んこと。色色と」
「知らねえ」
「知っとる」
「―――噛み合ってねえぞ」
「何だってええわ、もう」
跡部も俺と同じくこの会話は諦めたらしく、考えるのは止めたようだった。
また手元の紙――跡部は中身のない資料だと云っていた――へ集中し出した。
何かに集中する人間は強い。そして、恐ろしい。
俺は無性にその資料の内容が気になった。
「それ、何?」
「んだよ、邪魔すんな」
「気になるん」
「部の決算報告と活動、実績、それに来年度の予定、予算。生徒会がまた文句付けやがった。あいつら二百人を莫迦にしてんじゃねえの。大体何で俺が来年の分まで考えなきゃなんねえんだ」
「ふうん」
どうやら部長様は相当ご立腹らしい。普段、跡部が俺などにこれほど饒舌になることなどない。
「何か意味あるん? それ」
跡部はばさり、とその資料を初めのページまで戻し、溜息を吐いた。
「知るか」
それきり会話はなく、ただ時間が過ぎるままだった。
「『しかし君、恋は罪悪ですよ。解っていますか』」
再び声に出すと、跡部もまたこちらへ視線を寄越した。だが直ぐに手元の資料へ眼を戻す。
西日に長い睫毛が浮かび上がる。
「何か云いたいことでもあるのか」
「いや?」
「じゃあ黙ってろ」
跡部は手元の紙をじっと睨むと何かを書き込んだ。それからキャップを嵌め、また外す。
どうも今日は、ペンを弄ぶ動作が多い。
「―――ああ」
俺は本を閉じた。古い匂いがする。
「知らんゆうのは、一番楽やんなあ」
跡部はもう何の反応も返さなかった。それが彼の反応だった。
彼の背後から射す午後の光がその白い頬に照り付けて、壮絶なまでに美しかった。
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