狂気の沙汰

要するにキスをしたい

「跡部、どこにキスして欲しい?」

 それを聞いて、ここが学校でなくて本当に善かったと跡部は思った。

「───は?」
「キス。どこがええ? あ、ほな次から選んだって」
「何の話を───」
「手。額。頬。唇。瞼。掌。腕か首」

 忍足は跡部の言葉を悉く無視しそこまで云うと、優しく微笑んだ。
 一方の跡部は慎重に居ようとしているのか、怪訝そうな表情を崩さない。

「───心理テストか?」
「詩なんよ、これ。グリル・パルツァゆう人の」

 突然文学迄話が飛んで、跡部は少し混乱した。

「で、どこにして欲しい?」
「───その詩を先に云え」
「景ちゃん、我侭やなあ」

 忍足は愉しそうに笑った。

「『手の上なら尊敬のキス。
 額の上なら友情のキス。
 頬の上なら厚情のキス。
 唇の上なら愛情のキス。
 瞼の上なら憧憬のキス。
 掌の上なら懇願のキス。
 腕と首なら欲望のキス。』」

 少し落とした声音は、艶っぽく部屋に響いた。
 それに跡部は即答した。

「その他だな」
「───らしいやんなあ」

 忍足は笑った。

「何がだよ」
「その通りやってこと」

 跡部が不可解だという顔をしているので、忍足はその頬に触れて云った。

「さっきの詩な、続きあんねん」
「続き?」
「そう。『さてそのほかは』」

 跡部の顔を寄せて、柔らかく囁いた。

「───『みな狂気の沙汰。』」

 忍足は跡部の耳朶を甘く咬んだ。

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