甘さの欠片もないベッドシーン
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眼鏡は自分で外すし、ネクタイを緩めるのだって同じだ。だから。
自分の性癖はごく一般的な男子のもので、そういう趣味があるのかと問われれば全力で否定するだろう。あるいは己の罪を告白すれば、説得の材料くらいにはなるかもしれない。
だが、異母兄弟とはいえ実の弟と関係を持っていることもまた、事実。
肩に添えていた手を、ゆるり、奥へ這わせる。それから背を上へ辿って首筋へ。緩くうねった毛先を一束、指に絡めて遊ぶ。母親譲りか、柔らかいその金色は葵の掌中に捉えられることなく零れてゆく。髪を巻いた女は幾らでもいるし、何人抱いたか知れないが、この髪にはどの女も勝てないと思いその瞬間なんだか酷く惜しくなって無意識にぎゅっと掴んだ。
桔梗の身体が揺れて、体勢はそのままに、視線は合わせないままに、云う。
「葵さん」
「痛かった?」
「余計なことを考えないほうが、身の為ですよ」
葵は名残惜しげにもう一度髪に触れて、離した。浮いた手をどうしようかと、空中に彷徨わせてから結局シーツの上に投げ出す。
それに気づいた桔梗がうっすらと眸を開いて、その手首に白い指を絡ませた。力が強い。葵が反射で睨むと、それを受けた桔梗が綺麗に笑う。綺麗に笑んだ顔を、作ってみせる。
何が云えるわけでもない。ささやかな仕返しのつもりで葵が耳朶に咬みつくと、目の前の綺麗な顔が顰められた。珍しい顔を見たと葵の方が驚く。
「葵さん」
桔梗が、とびきり優しい声で囁く。
「わたしを受け入れている時だけは、抵抗を考えるんですね」
葵は応えず、ただ瞼をゆっくりと閉じた。
その目尻が疼くのを見て、桔梗が喉を鳴らして笑う。揺れた空気だけが、葵の知覚に伝わった。
(はなごころ。移りやすい心)
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