湯上がりゾーにむらむらするちん
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非番だった土方は、夕刻の早い時間に入浴を済ませたらしい。沖田が遅い見回りから戻って局長室へ行くと湯上がりの姿でそこにいた。
「総司。戻ったのか、ご苦労だったな」
何事もない、定型文の労いだ。はい、とこちらも定型文の返事をしようとして開いた口から、しかし声は出なかった。
薄手の浴衣は土方の適切に鍛え上げられた体格を隠そうとしない。美しさすらある筋肉のついた身体は鍛錬の賜物だ。肩や胸の厚みがはっきりとわかるし、剣を振るいギターを支え沖田を抱く腕は筋肉が影になって見える。いつも通りと言えばそれまでだが、顔以外の露出がない隊服姿と比べるとあまりに無防備で目眩がしそうだ。そういえば、色気とは隙のことだと誰かが言っていた。
その完璧な身体の上に、完璧な顔が乗っている。少なくとも沖田にとってはこの上なく完璧だ。はっきりとした目鼻立ちは整った美しさの分だけ迫力があり、それだけで相対する者よりも優位に立つ。沖田も顔立ちは褒めそやされるほうだし自信はあったが土方とは系統が異なる。土方はずるいと思う、癖だか何だか知らないが、いつどこでどんな時だろうと、あの容貌で無遠慮に顔を近づけて目を離さずに覗き込んでくるのだ。そうされて沖田がどんな気持ちでいるかなんて彼はこれっぽっちもわかっていない、勘弁してほしい。
湯で温まったせいでいつもより少しだけ赤みのさす頰に、いつもは上げられている髪が垂れている。土方は愛獲のくせに自分の外見に対しててんで無頓着で、髪もろくに乾かさないで放っておくのだ。それにかこつけて髪を乾かそうと世話を焼くのは好きだが、今はそんな気分ではなかった。しっとりと水分を含んだ髪の束から、ぽたり、雫が落ちて、肩にかけていた手拭いに滲む。
突っ立ったままの沖田を訝しむように、土方が目を細めた。
「……総司?」
思わず睨みつけてしまった。飛びかかって押し倒さなかったことを褒めてほしい。
つかつかと近づいて濡れた手拭いをぐっと引く。よろけかけて持ちこたえたのはさすがの体幹というべきか、倒れ込んでくれても別に構わなかったのだが。
重ねて吸いついた唇はいつもより熱い。
「総司」
唇を離さずに低くそう呼ばれて全身がぞくぞくと震える。目の前の群青色が沖田だけを捉えて離さない。
わるいひとだ、と思った。他のひとにはとても見せられない。見せてたまるものか。
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