ゲーム本編後
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桜を見に行かないか、という誘いはとても魅力的だった。
「詩作のタネですか?」
ついでのようにかけられた言葉に、沖田は確信をもってそう返した。普段から市中見回りをしたり、仕事をさぼったり、散歩をしたり、仕事をさぼったりしているから、川沿いの桜並木が見頃を迎えているのは知っている。土方は局長の地位に就いてからはあまり市井に出る暇もないから、おおかた隊士にでも聞いたのだろう。あるいはさっき顔を見せに来ていた坂本かもしれない。
「む……まあ、それもある」
なにも恥じることなどないのに、土方は言葉を詰まらせながら頷いた。鬼の局長とも言われる男が、かわいらしいことこの上ない。
「いいですよ。土方さんと出かけられるなら、なんでも」
善は急げとばかりに沖田は立ち上がる。戸を引けば縁側から春の風が吹いてきた。暖かく、柔らかく、少し強い。土と芽吹く緑の匂いがする。
さっさと歩き出すと、後ろから土方がついてきた。がたがたと音がしたのは文机からぽえむ帳を取り出したのだろう。そんなところに入れて隠した気になっているのだからたまらない。
庭にいた隊士の声に見送られながら屯所を出ると、視界いっぱいに青空が覗いた。
「気持ちいいなあ。ね、お団子買っていきましょう。買ってください」
「食べたいのなら自分の駄賃で買え」
「せめて給料って言ってくださいよ」
目的地までの道のりは慣れたもので、目を瞑っていたって難なくたどり着けるだろう。桜並木だって毎年見ているもので特段目新しいわけではない。だからといって今年は一緒に見なくてもいいという理由にはならない。
ざり、とふたり分の靴が地面を擦る音を聞きながら、三人で歩いていた頃を思い出す。
ひとつ大きな風が通り過ぎて、沖田と土方の上着の裾をばたばたとなびかせる。その向こうにいつかの桜の花びらが見えた気がした。
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